半側空間無視とは?

はじめに
私たちの脳は、外の世界を左右対称に認識しているように思えますが、実は非常に繊細で複雑な仕組みで成り立っています。
とくに脳に損傷が起こった際、見えているはずなのに“見ていない”ような現象が生じることがあります。
それが「半側空間無視」です。
本稿では、脳血管疾患において日常生活に多大な影響を及ぼす半側空間無視について解説していきます。

目次
- 症状について
- 半側空間無視が引き起こす日常生活への影響
- 半側空間無視の原因と脳との関係
- 半側空間無視に対するリハビリテーションの実際
症状について
この症状は、脳の損傷、とくに右側の大脳半球がダメージを受けた場合に多く見られます。
その結果として、患者さんは左側の空間にある物や人に気づかず、まるで「左側の世界が存在しない」かのように振る舞うようになります。
たとえば、食事中に左側のおかずには手をつけず、右側のものだけを食べてしまう。
歩いているときに、左側の障害物にぶつかってしまう。
鏡を見ても、左側の自分の顔が見えていないように感じる。
こういった行動は、視力の問題ではなく、「認知と注意」の問題なのです。

半側空間無視が引き起こす日常生活への影響
半側空間無視の症状は、患者さん本人だけでなく、ご家族や周囲の方々にとっても理解しづらく対応が難しいものです。
まず特徴的なのは「認識の欠如」です。
患者さんは視力的には左側が見えているにもかかわらず、脳がそれを“情報として処理しない”ため、左側にあるものを存在しないかのように無視してしまいます。
また、「行動の偏り」もよく見られます。
たとえば、右側ばかりを向いて移動し、左側にある壁や人にぶつかってしまう。
車椅子に乗っている場合でも、進行方向の左側に注意が向かないため、安全に移動することが難しくなります。
さらに問題を複雑にするのが「自己認識の欠如」、つまり“自分が左側を無視していることに気づいていない”という点です。
この状態を「無自覚症(アノソグノシア)」といい、治療やリハビリに対する意欲や協力を妨げる要因にもなります。
半側空間無視の原因と脳との関係
この障害の多くは、脳卒中(特に脳梗塞や脳出血)によって右大脳半球が損傷を受けた際に発症します。
右脳は私たちの左側空間の認知や注意に深く関与しているため、損傷を受けると左側の世界に対する注意が極端に低下してしまうのです。
左脳の損傷によって右側の空間無視が生じるケースもありますが、頻度としては少なく、また症状の程度も比較的軽度であることが多いとされています。

半側空間無視に対するリハビリテーションの実際
半側空間無視のリハビリでは、「見えていないから対処できない」状態から、「見えていることに気づき、自分の意思で注意を向ける」ことができるように導いていきます。
ここからは、実際に行われているリハビリのアプローチを紹介します。
視覚探索訓練
この訓練は、患者さんが左側にある物を「探しに行く」力を養うものです。
最初は右側に注意が偏ってしまうため、訓練者が意識的に視線を左へと誘導し、目や頭を動かして視野全体を探索する練習を繰り返します。
少しずつ脳が“左側にも情報がある”ことを再学習していくのです。
スペイティオモーターキューイング
身体の動きと注意の向きは密接につながっています。
とくに「左手を動かす」という行為は、自然と左側への注意を引き出します。
日常生活の中で左手を使う動作を増やしたり、あえて左側から作業を始めることで、無意識のうちに注意の偏りを修正していきます。
プリズム眼鏡を用いた矯正
プリズムレンズが入った特別な眼鏡を使うことで、視界がわずかに右側にずれるようになります。
この「ずれ」を脳が補正しようとする過程で、無視されていた左側への注意が引き出されるという仕組みです。
眼鏡を外しても、その効果が一定時間続くことが報告されています。
経頭蓋磁気刺激(TMS)
TMSは、頭部に磁気をあてることで脳の特定の部位を刺激する非侵襲的な方法です。
無視が生じている脳の領域に刺激を加えることで、注意のバランスを整えようという試みです。
他のリハビリ手法と併用することで、より効果的な結果が期待されています。
バーチャルリアリティ(VR)トレーニング
近年注目を集めているのが、VRを活用したリハビリです。
仮想空間の中で視覚探索を行うことで、ゲーム感覚で左側への注意力を鍛えることができます。
患者さんのモチベーション維持にもつながる画期的な方法です。
環境の工夫と家族のサポート
日常生活での工夫も大切です。
たとえば、食卓の左側に好きな料理を置く、テレビのリモコンを左側に置くなどの左側に意味のある刺激を配置することで、自然と注意が向くようになります。
ご家族の理解と支援もリハビリの効果を高める大きな要素です。

まとめ
半側空間無視は、単に「忘れてしまう」や「見えていない」といった単純なものではありません。
脳の損傷によって、注意そのものが“偏ってしまう”という、非常に奥深い認知障害です。
しかし、適切なリハビリとサポートによって、徐々に「無視している」空間への注意を取り戻すことは可能です。
ロボットやVRといった先進的な技術も登場し、リハビリの選択肢はどんどん広がっています。
大切なのは、「気づく力」を少しずつ取り戻すこと。
そして、その歩みを焦らず、継続していくことです。
リハビリは一人ではなく、支える人たちと一緒に取り組んでいく旅路。
その先には、より自由で安全な生活が待っています。
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執筆者:池田
理学療法士
理学療法士の池田です。
2018年に理学療法士免許を取得し大学を卒業後、回復期病院のリハビリテーション病棟にて勤務。2021年に急性期病院の脳外科病棟にて勤務。2022年に訪問リハビリにて勤務。2025年より脳神経リハビリHL堺にて勤務となります。
回復期病院では、疾患の知識や治療技術の勉強に励み、外部研修に積極的に参加。
急性期病院では、脳外科病棟にて勤務。脳血管疾患のリハビリに従事し、発症間もなくの患者様の回復状況を予測する為の研究に参加。
訪問リハビリでは、日常生活状況に合わせたリハビリや住宅環境の相談など介入。
リハビリでは、本人様にとって安心して出来る日常生活動作を増やして行くと共に、特に歩ける生活を大事にしたいと考えます。よりよい生活が送れるように全力で援助をさせて頂きます。